これを書いているヒト

2012年2月14日火曜日

バレンタインデーに考えてみた「贈り物をする」ということの意味



今年もやって来ました、バレンタインデー\(^o^)/
こういうイベントが大好きなので、ひとりワクワクしちゃうんですが、男女問わず憂鬱になる人もいるようで。ユウウツの原因はチョコを貰えた、貰えなかったとかだけじゃないみたいなんだな、どうも。


この時期、どこからともなく湧いて出てくる「義理チョコ(めんどうだから)やめた~い」というセリフ。女性からだけではなく男性でもそういうヒトいるから、あげる側・もらう側両方に「めんど~い」と思ってる人がいるんでしょうね。でも、なんでめんどくさいって思うんだ?

内田樹氏が本の中でこういうことを言っていた。
”贈り物をされると「お返し」をしないとどうにも気持ちが片づかない。この「片づかなさ」が人間社会を「人間的」なものたらしめている。”
(「これからを生き延びる智慧」)
ああ、そうか。あんまり普段接点がない人達から「贈り物」をされて、「片付かない」気持ちをもてあますばかりに「めんどぉ」とか思うのかもしれない。
この”片づかなさ”というのがどういう意味かというと
「贈り物をもらうと、お返しをしないと『悪いこと』が起きそうな気がする」
という気持ちだと説明されていますね。そりゃあ、確かに落ち着かないわ。

もちろん、あげる方の側だって「いきなりチョコ贈ったらヘンに思われるんじゃないか」とかいろいろ考えて緊張するとかあるだろうしね。

でも、その気持のおさまりのつかなさ、自分の中に生まれた不安定な気持ちというものを引き受けることが、人間関係を作っていくということなんだよ、きっと。

たかがチョコ、されどチョコ。
「ありがとう」と気持ちよく受け取ってもらうためには、普段のつきあいが大事よね。などと思ったのでした。

では、また。

【参考書籍】

呪いの時代呪いの時代
内田 樹

新潮社 2011-11
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「贈与」と「返礼」とはどういう意味をもつものなのかという事を、読んでみてあらためて考えさせられました。


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